広告代理店のメディア部門でこれから起こりそうなこと

今日はこれまでの筆者の七年弱の広告業界での経験を踏まえて、これからの広告代理店のメディア部門で起こりそうなことを、思いつくままに書いてみたい。残念ながら、新卒入社した一社の事情しか知らないため、他社では既にその方向に沿って動いているところも多くあると思うが、ご容赦願いたい。

 

 

 

 

 

広告代理店のメディア部門でこれから起こりそうなこと:結論3点

 

1, トラディショナルメディアの業推やバイイングにおいて、媒体間の予算の政治的差配を考える役割が縮小され、媒体全体の価値を向上させる横断的な役割が求められる。

 

2, かつてのメディア担当のように、データ生産者との関係強化を図る営業チームが必要になる。

 

3, トラディショナルメディアの担当者にこそ、トリプルメディアの知見や、データ分析スキルが求められる。

 

 

 

 

 

 

 

1, トラディショナルメディアの業推やバイイングにおいて、媒体間の予算の政治的差配を考える役割が縮小され、媒体全体の価値を向上させる横断的な役割が求められる。

 

これまでの広告代理店のビジネスの源泉は、メディアマージンおよびキックバックにあった。それは、テレビや新聞を中心としたトラディショナルメディアへの投下予算が広告主の側に潤沢にあり、広告代理店はその巨大な予算をもとに、どのようなディールを媒体社と結び、どの媒体社に予算を送り込むことで自社の利益を確保するかという、媒体商社ビジネスを展開してきたためであった。

 

必然的に、対媒体社への予算投下の配分を決める「業推」(業務推進局)が、広告代理店媒体部の権力の中心に置かれることになる。業推は媒体社の出してくる広告枠の入札単価を調整し、それぞれの媒体社が納得できる条件のディールを結びながら、最終的に自社の利益を最大化できるような予算の配分を決定する。

 

すなわち、媒体社の生殺与奪権はこの「業推」に握られている。一方で、キー局や全国紙のような、広告出稿の選択肢が非常に限定されており、かつ影響力の巨大な媒体の機嫌を万が一損ねてしまうと、広告枠の買い付けに悪影響が生じ、広告主を満足させられるメディアバイイング業務が遂行できなくなってしまう。この場合、広告代理店と媒体社は共倒れとなる。

 

つまり、業推というのは、ニーズの食い違う広告主と媒体社の双方に満足してもらうために、媒体社に対して、政治的な配慮が求められる部署なのである。

 

ちなみに、これらはすべて、広告主の側に予算が潤沢にあるがゆえにできる芸当であった。トラディショナルメディアへの出稿額が右肩上がりであった時代には、テレビ局や新聞社に対して一斉に見積もりを取り、そのなかのどこかの媒体社から好条件の入札を引き出し、広告主に満足してもらえるバイイング作業を遂行することで、媒体へのさらなる出稿を受注するという好循環を生むことができた。

 

だが、数字からもわかるように、今やトラディショナルメディアへの出稿額は年々減少し続けており、業推が政治的差配をしようにも、そのための弾が揃っていない状況に陥っている。

 

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これまでの業推が、広告主からもらった予算の範疇で、どの媒体に良い顔をしてどの媒体に泣いてもらうかというゼロサムゲームで物事を考えていたとするならば、これからは、テレビ全体でどう価値を作るか、新聞全体でどう価値を作るか、あるいはそういったトラディショナルメディアとデジタルをどう連動させて価値を作るかといった、プラスサムゲームで物事を考えていかなければならないだろう。そうしないと、トラディショナルメディアの需要が、ますます落ちていってしまうからだ。

 

もちろん、政治的な駆け引きは今後も必要になるだろうが、それは個別の媒体社との向き合いのためというよりは、媒体間のアライアンスをどのように組めるか、各媒体社と調整するためである。

 

業推のさらに先にいるバイイングチームについて言えば、自分の担当局や担当系列、あるいは担当する売り物のことだけを考える局担ではなく、「そもそもテレビの価値とは何か?」を考えられるような担当が求められるだろうし、そういった座組みが広告代理店内部に用意されてゆくことだろう。具体的には、系列をまたいでのエリア区分でのテレビ担当や、タイム広告・スポット広告・TVerなどのデジタル配信プラットフォーム・イベントなど、テレビ局の持つアセットを縦横無尽に活用して企画を作るような役割の人間が、業推や局担のなかに、今後出現すると予想される。

 

 

 

2, かつてのメディア担当のように、データ生産者との関係強化を図る営業チームが必要になる。

 

これまでの広告代理店を支えてきたのがメディアビジネスであったならば、これからの広告代理店を支える根幹の一つとして、データビジネスが挙がってくるだろう。 

 

どこの業界でもデータアナリストの必要性は叫ばれているが、とりわけ広告代理店のメディア部門において、その需要は顕著になってきている。その理由は、メディアとデータの相性が非常に良いためである。メディアとはデータの取得装置であり、またクリエイティブと一緒になって新たな人の動き(データ)を生み出す刺激剤でもある。メディアあるところ、必ずデータが発生する。テレビの視聴率、デジタル広告のインプレッションやクリック数、オウンドメディアの訪問数や滞在時間など、メディアとデータは切っても切れない関係にある。

 

既に大手広告代理店各社は自社DMPを活用したソリューションの提供を始めており、そこではトラディショナルメディアをはじめとした様々なデータが統合され活用されると謳われている。

 

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人口トレンドが増加から減少へと反転し、また人々の行動が多様化した時代に、企業はマーケティング予算の使い方をシビアに検討するようになった。もはやデータ無くしてマーケティングは考えられない。そのような時代に、広告代理店の側でも、クライアントの課題解決のためにどのようなデータを創出すべきなのか、そのためにどのデータ生産者と手を組むのか、あるいはどのようにイチからデータを創出するのかを考えられる人間が、必要になってくる。

 

一般的に、データビジネスにおいて広告代理店は分が悪い、と言われる。それは自前のデータ取得装置を持っていないためだ。メディアやクライアントは、それぞれのファーストパーティメディアを持っており、そこから様々なデータを取得することができる。広告代理店は何も持っていない。だからこそ、海外メガエージェンシーグループはエージェンシートレーディングデスクをいち早く構築し、自社内における広告配信データの蓄積を図ってきた。上で述べたような国内の広告代理店におけるDMP構築も、海外勢のそういった動きとリンクするものと言えよう。

 

だが、データビジネスにおいて広告代理店は分が悪いというのは、データの一次生産者として広告代理店が機能しにくいという程度の意味に過ぎない。データを売り物としてビジネス化する場合、重要な点は「データを産生すること」以外にもいくつかある。それは「ショーケースを作ること」「データの価値づけをすること」「データの安定的な供給先を見つけること」である。

 

こうしたフェーズ、いわばデータの二次活用とでも呼ぶべきフェーズにおいては、広告代理店にも強みがある。なぜなら、これらのポイントは、メディアを売るときに重要視されることと同じだからだ。上で挙げたポイントを、それぞれメディアセールスの文脈に置き換えてみよう。「新規媒体やメニューの実績を作ること」「それらの価値づけをすること」「継続的にメディアを買ってくれるクライアントを見つけること」いずれもそのまま通用する。メディアを開発し、メディアを売って利益を生んできた広告代理店であれば、同じノウハウはデータビジネスにも横展開できるはずだ。

 

例えば、データの価値づけをする方法の一つとして、デジタル広告のCPAと同様に考えるというやり方がある。データのバイイングコストがいくらで、データ活用によって得られたCVがいくらで、結果データ活用が投資に見合うものだったかを考える、というやり方だ。クライアントによっては、競合から直接獲得したCVを重要視しているかもしれないし、新規ユーザーからのCVを重要視しているかもしれない。こういったクライアント個々の事情を踏まえて、それぞれのクライアントにカスタマイズされたデータ価値を立証できれば、それは一次生産者では付加できない価値を持つものになる可能性がある。

 

あるいは、データ生産者にデータの安定的な供給先を提供するために、これまで媒体社と結んできたような、キックバックの取り決めが有効かもしれない。これは、半年や一年といった一定期間にデータをどのくらい活用する、といった取り決めをデータ生産者と広告代理店で結んでおき、取り決めた水準に到達すれば、何%かのキックバックを広告代理店側に戻す、というビジネスである。こうしておけば、データ生産者側は大きなリスクを背負うことなく、広告代理店の営業力に頼ることができる。

 

この方向性をさらに突き詰めると、大手広告代理店の十八番である「買い切り」施策に至る。電通しか購入できない広告枠があることは広告業界の公然の事実だが、これをデータにも活用してしまえば、広告代理店側がすべてのデータを買い切り、売れ残りが無いように営業活動を行うことになる。ただし、その場合、仕入れ値と売り値の差額に関しては、リスクを取った広告代理店側が収益として懐に収めるというやり方だ。

 

他にも、いわゆるブランドコラボ的な発想をもとにした、データコラボという考え方も出てくるかもしれない。クライアントやメディアを横断できる広告代理店であるからこそ、クライアントに対して「このブランドと組んでデータを創りましょう」「このメディアのデータを活用してターゲット像をより立体的に把握しましょう」といった提案ができるかもしれない。

 

もちろんデータ生産者側も、広告代理店にやすやすとデータを提供することは無いだろう。現に、いくつかの巨大プラットフォーム企業は、広告代理店への営業よりも、クライアントへの直接営業を重視している向きがある。広告代理店側に残された時間はあまり無い。媒体の広告枠を開発するときと同じように、メディアにとってのデータ提供のメリットを提案できなければ、データの陣取り合戦で生き残ることは難しい。

 

今後もデータビジネス界隈は群雄割拠の状態であり、その全体像を眺めながら、クライアントにとって必要となるデータに目を付け、かつての媒体担当と同じように、データ生産者とのリレーションを構築し、ビジネスに繋げていく人員が、広告代理店側に必要になるだろう。

 

 

 

3, トラディショナルメディアの担当者にこそ、トリプルメディアの知見や、データ分析スキルが求められる。

 

トラディショナルメディアの効果検証は難しいと昔から言われてきた。キャンペーンの目的はブランディングです、と言われて、とりあえずテレビを中心にメディアプランを提案したものの、効果検証をどのように進めればよいのかがわからず、困った経験のある人も多いのではないだろうか。

 

テレビという媒体は、トラディショナルメディアのなかでは、比較的多くのデータを供給してきた媒体である。世帯視聴率に始まり、個人視聴率、リーチやフリークエンシー、あるいはTVCMの認知率なども、データとして存在している。最近では、「テレビの前にどのくらい多くの人がいるか」「それらの人々が、どのくらいテレビを注視しているか」といった「視聴質」なるデータを提供する会社も出てきている。だが、あくまでこれらはテレビ単体に閉じた検証に留まっていると言える。

 

また、テレビ以外のトラディショナルメディアについて言えば、メディアがどのようにユーザー行動に寄与しているかを見るのは難しいとされてきた。例えば新聞であれば、J-Monitorという意識調査はあっても、紙面を見たユーザーがその後どのような行動を経ているのかは、実際のログデータとして観測するのが難しいとされてきた。

 

だが、人々の行動に影響を及ぼすようなコミュニケーションであれば、その余波は必ずメディアに現れる。それはペイドメディアの領域には限らない。お正月の新聞広告がTwitterなどのソーシャルメディアで取り上げられ、大きな話題となるのはもはや風物詩の感があるし、テレビCMの放送直後にゲームアプリのダウンロード数が跳ねることは様々な事例から示唆されている。ペイドメディアであっても、テレビCMで連呼されたキャッチコピーがGoogleで検索され、検索広告で買ったキーワードのうちそのコピー由来のCVが跳ね上がるのはよくある光景だ。

 

こういった他のメディアとの連動性において、トラディショナルメディアの効果検証を行うことは十分に可能だ。その際に重要となるのが、各トラディショナルメディアの性質なのである。

 

例えばテレビであれば、ユーザー行動は広告を視聴した直後に起きると考えるのが妥当だろう。その理由は、テレビの広告は15秒や30秒の放送が終わったあとは消えてしまい、別の広告やコンテンツが画面を占めることになるため、ユーザーの心の表層に長く残らないと考えられるからだ。また、今ではスマホを片手にテレビを視聴することも多いため、他のトラディショナル媒体よりも、検索などの行動をすぐに起こしやすいと考えられる。

 

であれば、テレビCMの放送直後に、ペイド・オウンド・ソーシャルのそれぞれの領域でどのような余波が観測されるか、網を張って構えておくことが重要だ。私が過去行った分析のなかでも、テレビCMの放送後のオウンドメディアのトラフィックを一日単位で見ていっても変化は見られなかったが、一時間単位で見ていったところ、途端にトラフィックのスパイクが現れた事例があった。また、同時間帯にテレビCMを集中させた際には、数秒のうちにいくつものソーシャルポストが発生した事例もあった。ラジオ広告もテレビに似ていると思われ、ユーザー行動としてはソーシャルポストに大きく余波が現れる。

 

これが新聞広告となると、広告の余波はもう少し緩やかに現れる。朝刊に出稿した場合、最も広告が閲読される時間帯は朝の7-9時ごろで、そのままお昼ごろまで閲読傾向は続くものの、夕方にかけて一旦は途絶える。しかし、夜の8-10時ごろに、再び閲読傾向が強まるのだ。これは、朝ゆっくり読めなかった朝刊を、ユーザーが仕事から帰宅したあとで、じっくり読むことを示している。オウンドメディアのトラフィックも、テレビとは異なり、出稿したその当日の一日分のトラフィックが大きく跳ねる傾向にある。

 

例えばこれが雑誌であれば、出稿日そのものよりも直近の休日などに読まれる傾向が強まるだろうし、屋外広告であれば、ビジネスエリアへの掲出であれば平日に、繁華街であれば土日に、それぞれユーザー接触が増加するだろう(屋外広告については、コロナによる影響を考慮する必要はある)。

 

そして、デジタル広告は、それ自体ペイドメディアでありながら、トラディショナルメディアの効果を測定する探査機のような役割も同時に果たすことができる。例えば上で挙げたようにテレビと検索広告の連動を調べることもできるし、新聞についてソーシャル上でコメントしているユーザーとそうでないユーザーでそれぞれ同一の広告素材を配信して比較すれば、新聞広告に(間接的にせよ)接触したユーザーの態度変容を分析できる。テレビや新聞から流入したユーザーが多いと判明している期間や時間帯があるのなら、その時間帯でセグメントを作ってGoogle広告などにプッシュし、通常のリターゲティングの結果と時間指定のリターゲティングの結果を比較すれば、サイト来訪の質について分析できる。

 

以上の事例を見てもおわかりのように、トラディショナルメディアの効果検証を行う際には、他のトリプルメディアとの連携が必須なのである。その際、オウンドメディアの計測ツール、ソーシャルメディアの分析ツール、そしてペイドメディア(主にデジタル)の広告配信結果などが、組み合わせ先として挙がってくる。ただし、その分析を行うためには、トリプルメディア全体への広範な知識と、それぞれのトラディショナルメディアの性質へのある程度の理解の両方が必要だ。

 

特に、トラディショナルメディアを考える際には「時間軸」の切り口が重要である。テレビやラジオ、屋外広告は比較的即時反応だし、新聞は数日まで、雑誌は数週間程度まで、ユーザー行動への直接の寄与が存在すると考えられる。もちろん、カテゴリーによって、そのユーザー行動がそのまま購買に繋がるのか、それとも内容理解や情報精査といった購買の前のフェーズにあたるのかは異なってくる。

 

なお、実際に分析する際には、クロス集計と単相関の分析で八割がたカバーできると考える。もし、残りの二割を積み上げたいのであれば、統計学やプログラミングについて学ぶ必要があると思うが、実務でそこまで必要になることはあまり無い。高度な分析スキルよりも、整然データの作り方や、データ突合のやり方、Vlookupで分析したい切り口をカテゴライズする方法、ピボットテーブルの扱い方など、初歩的なスキルに習熟すればOKだ。言い換えれば、初歩のデータ分析スキルは、こうした領域をまたぐ効果検証において、絶対に必要である。

 

GDPRの施行により、個人を特定できるデータの利用については、今後どうなっていくのか不透明な時代に差し掛かっている。そんななかで、トラディショナルメディアの出稿とトリプルメディアでの分析を組み合わせれば、個人を特定してデータ接続することは叶わずとも、トラディショナルメディアに接触したユーザーの態度変容を、集団として明らかにすることができる。

 

もっと言えば、別にトラディショナルメディアを扱っていなくても、例えばPRやイベント、メールマガジンやDM、そういったあらゆるコミュニケーション施策が、どのようにユーザー行動に影響を与えているか、同じように考えていくことができるだろう。まずは広告代理店のメインの売り物であったトラディショナルメディアについて、これまでの知見を活かして新たな価値を見出していくためには、トリプルメディアの知識とデータ分析のスキルが、必須のスキルセットになってゆくと思う。

 

 

 

広告代理店が今後どうなっていくのか、私自身はそこまで強い興味は無いが、広告代理店が果たしていた役割は、今後も確実に必要とされるだろう。その意味で、上記のような方向性のスキルは、今後もマーケティングの領域において必要とされるはずだ。

 

今広告代理店のメディア部門で働いている方、あるいはこれからその場所を目指そうとする方にとって、情報の整理になればと思って書かせていただいた。何かしら参考になれば幸いである。