広告代理店のテレビ担当「局担」の正体

広告代理店のメディア担当、と言えば、オシャレなスーツに身を包み、夜な夜な宴会を渡り歩いている―。あなたも、そんなイメージを持っていないだろうか。

 

特に、「メディアの王様」と言われるテレビの担当者のことを、広告業界では「局担」と呼ぶ。

 

今日は、ほとんど世に出ることのない「局担」という仕事のことを、紹介してみようと思う。

 

 

 

局担はキツい仕事だ。代理店の他のセクションの人間から、そんなふうに言われることは多い。

 

まず、フィジカル的にキツい。

 

テレビ業界(特に営業)というのは日本で一・ニを争うほど体育会系な業界だ。当然、そこに相対する広告代理店の局担も、そういった雰囲気に合わせて仕事をしていかねばならない。

 

飲みは基本的に激しいし、残業の多いキー局の現場との飲みは12時を回ってから(業界用語で「テッペンを超えてから」)始まることもザラだ。いきおい、夜が深くなる。

 

1年の仕事納めの日には、自分の担当するテレビ局を訪れて回り、酒を飲みながら挨拶を交わすのが局担のしきたりだ。「なんだ、昼間から酒飲んで気楽な仕事だな」と思うかもしれないが、自分の担当局は1つではないのだ。案件数が多くその分担当局の数が少ない汐留や赤坂の代理店でも3つや4つの局は担当しているし、もっと規模の小さい代理店だとその数はゆうに10を超える。そうやって訪問するすべてのテレビ局で「まあ一杯」と酒を注がれ、そしてもちろん献杯は一度では終わらないのだ。

 

12月最終週のお昼ごろ銀座を歩くと、点在するローカル局を巡る途中で息絶えた局担たちの骸を、みゆき通りあたりで発見できるかもしれない。

 

酒の席の暴挙というところで言うと、極めつけはテレビ局との宴会旅行だ(ゴルフ旅行という名目になることもある)。局も代理店も伸び悩む視聴率に思い煩うことから解放され、ハメを外してしまうのか、こういった宴会旅行は非常にディープで下品な会になることが多い。興味のある方は「2ちゃんねる 宴会芸 ランキング」で検索してみてほしい。このランキングの6段あたりまでは、僕はその芸が存在することをこの目で確認済みだし(やったとは言ってない)、8段くらいまでは社内の誰それや媒体社の誰それがやったという話を聞いたことがある。また、温泉の水を抜いてしまったり掛け軸をぶち破ったりして旅館から出禁を食らうことも、よくたまにあることのようだ。

 

一方で、飲む方だけでなく食べる方も激しい。昼ごはんを食べた後にビッグマック5個食べさせられた食べた、先輩に牛丼を10杯注文されたおごってもらった、ポムの樹のLサイズ(茶碗6杯、卵6個)を2つ完食させられた完食したなどなど、事例にはこと欠かない。

 

こうした雰囲気に今のテレビ局の若手はなかなかついてこないらしく、最近とある局では「自分より年次が下の者に無理やり食べさせること」を禁じる社内規則ができたそうだ。

 

とはいえ、こうしたバブルの残骸のような風土は、テレビ広告業界には未だに色濃く残っている。

 

 

 

フィジカル的にもキツいが、本当に厳しいのはメンタルの部分だ。

 

僕が聞いただけでも、媒体担当をしていて「メンタルを病んで会社を辞めた・休職した・異動になった」人はかなりの数にのぼる。

 

なぜ、局担はメンタルをやられるのか?それは、広告代理店というビジネスのシステムが抱える「矛盾」を、容赦なく背負わされるためである。

 

 

 

広告代理店は、どうやって利益を出しているのだろうか?

 

すぐに思い浮かぶのは、広告の制作費だ。テレビCMや雑誌広告、ポスターなど、クリエイティブを制作するのに必要な実費に、利益を上乗せしてもらっている。

 

あるいは、広告業界について多少ご存じの方なら、プランニングフィーというものを思い浮かべるかもしれない。以前から、広告代理店も戦略コンサルティングファームのように、マーケティングの上流から顧客のビジネスに関わっていかねばならないと言われている。そのことは、広告業界を視野に入れて就活をしている学生であれば、誰でも知っている話だろう。

 

しかし、広告代理店のビジネスの根幹を支えているのは、上に挙げた2つの収益のいずれでもない。

 

広告代理店のビジネスの源泉、それは「メディアマージン」である。

 

もともと日本における広告代理店は、新聞の広告枠の取り次ぎの仕事から誕生した。このあたりの歴史に関しては、下記のブログを参照されたい。

 

斜陽化する広告代理店の歴史考察|聖太郎のブログ

 

広告代理店って、何を代理しているのだろう。(1): ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

 

広告業の進化と歴史、そして大転換 - 業界人間ベム

 

要は、広告を出したい広告主を、広告を載せたいメディアと結び付け、仲介料を取っていたのだ。

 

広告代理店は、戦後日本のマスメディアの発展とともに、ぐんぐんと伸びていった。メディアを使えば使うほど、代理店にカネが落ちる仕組みだ。マスメディアが今とは比べ物にならないほどの力を持っていたその時代、広告代理店に落ちるカネは尋常ならざる額であったはずだ。実際、タクシーチケットが社内のあちこちに山と積まれ、誰でもフリーパスで持ち帰れたなどという、隔世の感のある話を大先輩から聞くことがある。

 

要は、広告代理店の主要なビジネスは、昔から「メディアマージンで稼ぐ」というものなのだ。制作やプランニングという仕事も、元々はメディアに発注する際の付帯サービスだったと聞く。広告代理店は、広告枠の実際の金額にマージンを乗せたお金を、広告主からもらっているわけである。

 

一方で、媒体社への発注が一定期間(一カ月、半年、一年など)で一定金額に達すれば、その何%かのキックバックが媒体社から広告代理店に入ってくる。

 

つまり、主要なビジネスであるメディアの取引を巡って、広告代理店は広告主と媒体社、どちらからもお金をもらっているわけだ。

 

お金をくれる人の言うことを聞かねばならないのが、この世の常である。

 

しかしもし、お金をくれる人同士の利害が、対立しているとしたら?

 

 

 

対立の最も簡単な例は、広告枠の値段である。

 

テレビCMには、スポットとタイムという2種類の売り方がある。どちらも、正確な値段は決まっていない。いや、値段らしきものは一応設定されているのだが、季節や需要の大小、流したい時間帯や番組などによって、非常に大きく変動する。

 

広告主は、広告枠をできる限り安く買いたい。一方で、媒体社はできる限り高く売りたい。そうした綱引きの真ん中で、「クライアントのマーケティング戦略を手助けする広告代理店の人間でありながら、媒体社の窓口・利益代表としても存在している局担」は、どちらの立場に立つべきか、永遠に悩み続けることとなる。

 

値段の他にも、どの時点の視聴率を基準に枠の買い付けを行うかとか(これを「号数」と言う。いつか「テレビ広告ビジネス入門」的な記事を書くことがあれば、このことについても触れよう。)、とかく広告主と媒体社は対立する存在なのだ。そこをうまくやりくりできなければ、局担は両者の板挟みにあい、死んでしまう。

 

 

 

僕が局担という仕事をして一番痛感したのは、「この仕事は、自分という人間の価値を絶えず問われ続ける仕事だ」ということだ。

 

局担に限らず、「バイヤー」(枠を買い付ける人の意)というのは、「誰にでもできる仕事」だと言われることが多い。僕も社内の別のセクションの人間が「局担は要するに連絡係だからな」と口にしているのを聞いたことがあるし、広告系のビジネス書やネットの記事には「次世代の広告代理店に媒体担当者は不要だ」「バイヤーは市場価値が低い」などと書かれていることがある。

 

確かに、世の中をあっと言わせて人の心を掴む表現のできるクリエイティブや、ターゲットの心にどんぴしゃで突き刺さるコミュニケーションプランを考えられるプランナーは、社内・社外から引っ張りだことなり、彼らの仕事は「その人にしかできない仕事だ」と称されるだろう。

 

実際、僕もメディアバイイングの仕事というのは潰しが効かない、やりたくない仕事だと入社前に思っていた。そんな、覚えれば誰にでもできる体育会系の仕事よりも、頭脳を働かせて自分にしか出せないプランを描くような、そんな仕事がやりたいのだ、と。

 

しかし、「誰にでも務まる連絡係」として局担の仕事をこなそうものなら、たちまち手痛い目に遭うだろう。代理店の営業やプランナーから言われたことをそのまま媒体社に伝えても、「お前は代理店の犬か!」と突っぱねられて終わりだし、媒体社のやりたいことを代理店内部にそのまま伝えると、「お前は媒体社の回し者かよ!」と激怒されることになる。

 

「お前はどうしたいんだ」「お前がいる意味はなんなんだ」毎日、この言葉を浴びせられ、「今目の前にある仕事」を、どうやったら代理店・媒体社の双方が納得するような形に持って行けるかをひたすら考え続ける…。それが「局担」という仕事なのだ。

 

それは決して、「誰にでも務まる連絡係」などではないはずだ。

  

 

 

広告業界という、華やかなイメージの先行しがちな舞台の下で、必死になって屋台骨を支えている存在。それが「局担」。

 

彼らの存在は、誰にも気づかれまい。

 

今日もまた局担たちは、ダークカラーのスーツに身を包み、文字通り「黒子」として、夜の街に繰り出していく。

 

必死になって酒を飲み、歌い、踊り、誰にも見られることのない祭りを連日のように媒体社とともに催して、この業界を少しでも盛り上げようと、血みどろになりながら…。

 

 

 

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