IT'S A WONDERFUL WORLD - Mr.Children / 聴くと少しだけ救われる、短編映画の傑作集のようなアルバム。

桜井和寿の病気による2回目の活動休止の直前に出された、Mr.Childrenの10thアルバム。

「秩序のない現代にドロップキック」「わずかにあるマネーで誰かの猿真似」と、醜い現代社会を痛烈に批判していた彼らが、その醜さすらも美しいと捉えてしまおうと歌う、そんな作品。

僕はこのアルバムが大好きだ。

この世界は、きれいごとばかりで成り立っているわけではないし、僕たちの人生も、美しいできごとだけで埋め尽くされているわけではない。むしろ、汚いこと、醜いことばかりが、真っ白なじゅうたんに落ちた墨汁のシミのように、目立つ。

それでも、僕たちは生きていかなくちゃならない。

そんな時に、「世の中サイコーなことばっかだぜえ!」なんて歌われても、全然ぴんとこない。

あるいは逆に、悲嘆にくれてばかりの曲を聴いても、どうも前向きな気持ちにはなれない。

この世界の醜さをきちんと受け止めて、そのうえで「この世界は美しい」と言い切っているからこそ、このアルバムは聴く者の胸を打つ。

 

汚いことや醜いことは、人間に心があるからこそ、生じる。人が人を裏切ったり、妬んだりするのも、心があるからだ。

だから、この世界の醜さを僕たちに見せるためには、どうしても人の心を描く必要がある。

そして、誰かの人間性が強く現れるシーンを取り上げようと思うと、おのずと、恋愛のシーンになる。

この'IT'S A WONDERFUL WORLD'というアルバムに恋愛の曲が多いのは、そのためだ。

人と人との恋愛における個々の具体的な場面には、その人の人間性が強く出るものだ。

例えば、初めて出会った時、絶望的な気分で片思いしている時、幸せで死んでしまいそうなデートをしている時、狂おしいほどに相手の身体を求めている時、穏やかな幸福をかみしめている時、別れてしまった時…そのそれぞれにおいて、その人のこれまでの全人生、全人格が、どうしようもなく現れてしまう。

僕はこのアルバムが、同じく恋愛の曲ばかりを詰め込んだ2ndアルバム'KIND OF LOVE'の登場人物たちの10年後の話だと思っている。両方とも、Mr.Childrenの作品にしてはやや例外的に、情景描写の鮮やかな曲ばかりを並べた作品になっていることからも、それは確かだ。表面的な、惚れた振られたということに一喜一憂していた若者たちが、さまざまな経験をして大人になったということだろう。


それでは、内容をみていこう。


#1 overture

#2 蘇生

#3 Dear wonderful world

#4 one two three

#5 渇いたkiss

#6 youthful days

#7 ファスナー

#8 Bird Cage

#9 LOVEはじめました

#10 UFO

#11 Drawing

#12 君が好き

#13 いつでも微笑みを

#14 優しい歌

#15 It's a wonderful world


インスト曲の#1が静かに始まり、そのまま流れるように#2"蘇生"へとつながる。

これは同じくコンセプチュアルなアルバムであった'深海'の冒頭を思い起こさせる。海に深く潜ってゆく"Dive"、そして、失われてしまった"シーラカンス"を心の中に探し求める、あの流れだ。

しかし、歌っていることは全然違う。

この'IT'S A WONDERFUL WORLD'というアルバムにおいては、#4"one two three"から#13"いつでも微笑みを"までの曲はすべて、先ほど述べた「人間の心を描き出すために、恋愛等の具体的なシーンをモチーフにしている曲」にあたる。それ以外が、自らの決意や聴き手へのメッセージを歌う曲になる。"蘇生"は、そのメッセージソングのトップバッターだ。

でも何度でも何度でも

僕は生まれ変わって行く

そしていつか君と見た夢の続きを

失敗したり、間違ったりしても、人は何度でもやり直せる。失われてしまったシーラカンスを求めてさまよっていた'深海'の頃とは、詞がまるで違う。

そして、これはこのアルバムの曲の特徴でもあるのだが、M7(メジャーセブンス)のコードがたくさん使われている。

セブンスコードとは、基本となる音(根音)の7つ上の音、根音がCであればC、D、E、F、G、A、BのBの音を加えたコードのこと。ただし、ここで出てきているM7は、普通の7(セブンス)よりも半音高い音を加えるものだ。

これは僕個人の感覚だが、M7は7に比べ、薄い光の差し込むような感じをもたらしてくれるように思う。その薄明かりのようなコードが、このアルバムを貫いている透明感、アンニュイな感じをもたらしてくれているのだ。

さらに言うと、同じく「虹」が出てくるthe Pillowsの"ハイブリッドレインボウ"も、M7を多用する曲だったりする。これは、虹という言葉の持つ、雨の後に光が差し込んでくるというイメージが、コード選択に大きく影響をしていると見て間違いないだろう。

 

ドラマチックな#2が終わると、厚い雲が立ち込めてくるように、落ち着いた曲が始まる。#3"Dear wonderful world"。

この曲以降、'IT'S A WONDERFUL WORLD'の風景が、流れてゆく車窓の風景のように、くるくると映し出されてゆく。

 

#4"one two three"は、恋人との別れの曲。

「戦闘服よりもブレザーがよく似合う」とは、要は学生気分の抜けきらないおぼっちゃんだ、という皮肉なのだろう。

悲しい内容の曲であるはずなのに、曲調はあまりに明るく、おどけた感じだ。Mr.Childrenは昔から割とこういうあべこべな音楽を作っている。古くはデビューアルバム'EVERYTHING'の"友達のままで"とか。

この曲には、映画"ショーシャンクの空に"が出てくる。

原題は"The Shawshank Redemption"。redemptionという単語は僕もこの映画を観るまで知らなかったが、多くの意味を持つ単語だ。

この映画のレビューを書かれている方の多くが、この映画におけるredemptionの意味について考察されている。ちょっと調べてみて多かったのは、「贖罪」や「回収」だろうか。

もちろんそういった意味も含まれているとは思うが、僕は「救済」という意味だと思った。

せっかく刑期を終え刑務所から脱出しても、元囚人たちは外の世界の暮らしに「希望」を持てず、自殺を選ぶ者もいる(言うまでもなく、この映画において「希望」は重要なキーワードだ)。主人公の友人、レッドも、出所後の生活に希望を見いだせなかった。それを「救った」のが、一足先に脱獄という形で外の世界に出ていた主人公のアンディだった。

希望を持つことによって、救われる。僕は、「ショーシャンクの空に」はそういう映画だと思った。

さて、そういった作品が曲の中に挿入されていることを考えると、この"one two three"も、「希望と救い」がテーマであると考えられる。

大人になりきれなくて逆恨みしたけれど

うんとうんと感謝しているんだ

愛しき人よ君に幸あるように

もう後ろなんか見ないぜ!1. 2. 3!

特に、中学や高校の恋愛では、なぜフラれたのか、なぜうまくいかなかったのか、全然わからないまま終わってしまうことがよくある。

未熟な間は、自分の悪かったところを反省することもなく、ただ「晴天の霹靂だ!」と相手に向かって恨みごとを投げつけてばかりになってしまう。

しかし、時が経つにつれ、自分はあの時どうすればよかったのか、今度同じようなことにならないためにはどうすればよいか、わかってくる。

そして、昔は恨んだ相手の幸せを、願えるようになる。

この"one two three"においては、そうやって前向きになれたこと、希望を持てたことこそが、自分にとっての救いだと思うのだ。

 

#5"渇いたkiss"も、別れ間際のカップルを歌った曲だ。"蘇生"と同じく、M7コードのオンパレード。他にも厄介なコードがたくさん使われている。僕は初見では弾けなかった。

「水分が乾燥する」という意味の「乾く」ではなく、「渇望」を意味する「渇く」という漢字を持ってくるあたり、桜井和寿の言葉のセンスに唸らされる。

ある日君が眠りに就く時 僕の言葉を思い出せばいい

そして自分を責めて 途方に暮れて

切ない夢を見ればいい

とりあえず僕はいつも通り 駆け足で地下鉄に乗り込む

何もなかった顔で 何処吹く風

こんなにも自分を俯瞰で見れる 性格を少し呪うんだ

なよなよしやがって、という意見もあるかもしれないが、別れに際しての男の感情を見事に描いている。

そして、そんなに未練があるならいっそ相手にすがりついてしまえばいいのに、と思うも、自分の感情を冷静に客観的に捉えてしまう主人公には、それもできない。

細やかなコードづかいで表現されていた主人公の複雑な心境が、最後のサビの前に一瞬だけ、緩む。それまで見せなかったシンプルなメジャーコードをI→II→IVと連発し、そしてIV→IVmと、よくあるサブドミナントマイナーに進行。まるでため息をついているようなコード進行だ。

Mr.Childrenのファンには"ファスナー"と並んでこのアルバムの名曲に挙げられることの多いこの曲だが、この繊細な心情描写やそれに伴う曲の構成を見てみると、それも納得の曲である。

 

#6"youthful days"は、タイトルそのまま青春時代の恋愛の曲、というわけではなく、恋人によって自分の若かった頃が蘇ってくるようだ、ということを歌った曲。

'DISCOVERY'収録の"Simple"に、「考えすぎねって君が笑うと/もう10代のような無邪気さがふっと戻んだ」という歌詞があるが、"youthful days"では、もっともっと鮮烈で生々しい感情を歌っている。まるで10代の頃の欲望を恋人にぶつけるかのような曲。

生臭くて柔らかい温もりを抱きしめる時

くすぐったいような乱暴に君の本能が応じてる時

苦しさにも似た感情にもう名前なんてなくていいんだよ

日常が押し殺してきた剥き出しの自分を感じる

IV→V→IV→V…を繰り返し(音楽理論的には、V→IVという進行はイケナイ進行みたいだけど)、最後「剥き出しの自分を感じる」のところで一気にV→Iと解決する。シンプルだけど、男の感情の激しさを力強く描き出すようなコード進行。

下世話な話で申し訳ないが、誰だって恋人とのセックスの際には、こんなふうに自分の感情をぶつけるものではないだろうか。ぶつけあって、受け止めあうということができなければ、恋人同士の関係において、本当の満足感は得られないように思う。

もっと言えば、子どもの頃はなんとなく「醜い」ものだと思っていたそういった激しい欲望が、本当はかけがえのない純粋で「美しい」ものだったと、大人になってから気付いた、そんな曲なのかもしれない。

 

#7"ファスナー"。ここまで息をつかせぬ展開を見せてきた'IT'S A WONDERFUL WORLD'だが、ここで一つのピークを迎える。

冒頭から不穏なコード。I→I-5(フラットファイブ)→Isus4→Iという循環だ。転調もたくさんあって、微妙に揺れ動く主人公の感情を見事に表現している。一方で、ここまで大活躍だった(そしてここからも大活躍する)M7のコードが一切登場しない。確かに、この曲からは差しこんでくる光、みたいな希望を感じない。

曲中のストリングスのサウンドも、アコースティックギターグリッサンド(キュッキュッという音)も、非常に味わい深い。


Mr.Children ファスナー(字幕あり) - YouTube

きっとウルトラマンのそれのように

君の背中にはファスナーが付いていて

僕にそれを剥がし取る術はなくても

記憶の中焼き付けて

そっと胸のファスナーに閉じ込めるんだ

惜しみない敬意と愛を込めてファスナーを…

誰かの心の中身は、その人にしかわからない。僕たちは、そんな切ない世界で生きている。

この主人公が「大切にしなきゃならないものは君ではないと気付いてしまった」ことを君には伝えていないように、愛する人であっても、言えないこと、言わないことはたくさんある。確かにそれは、悲しいことだと思う。大切な人に自分を100%理解してもらえないという辛さもあるだろうし、好きな人がすべてを話してくれないことにやきもきするということもあるかもしれない。

だが僕は、「自分のありのままをすべてさらけ出す」ことも、反対に「自分を封じて相手の望むように取り繕う」ことも、あるいは相手にそのどちらかを要求することも、間違いだと思う。それらはすべて、一方向的なコミュニケーションの押し付けだからだ。

個人的には、相手が自分に「見せない」という事実を、僕は尊重したい。それが、相手が自分を慮ってのことなのか、自分のことをまだ信頼していないからなのか、自分を騙そうとしてなのかはわからないけれども、「見せてくれない」ことに何らかの意味はあるはずだ。それが、「僕にそれを剥がし取る術はなくても/記憶の中焼き付けて/そっと胸のファスナーに閉じ込めるんだ」という歌詞の意味である。

「惜しみない敬意と愛を込めてファスナーを…」という意味深な終わり方をしているが、これは間違いなく「ファスナーを閉じる」と続くものだと思う。歌詞を読むだけでも理由はわかると思うけれども、あえて音楽的なことも考えてみよう。ここの部分、アウトロはIとI-5を繰り返し、最後にI-5→Iとコード構成音の一番上の音を半音上げて解決しているが、それがちょうど、ファスナーを上げて閉める音のように聴こえるのだ。そう思えば、冒頭のI→I-5→Isus4→Iの循環は、ファスナーを下ろしていったもののやっぱり中を見ることができなくて上げて(閉めて)しまった、というふうにも受け取れる(それぞれ、コード構成音の一番上の音が、D→C#→Cと半音ずつ下がって、4つ目でもう一度Dに戻っている)。

それにしても、名曲という他ない。

 

#8"Bird Cage"、#9"LOVEはじめました"、#10"UFO"については、「ちょっと中だるみ気味だ」という感想をよく聞く。

確かにこの中盤、キャッチーなメロディはないし、暗い雰囲気が漂っている。

それでも、僕はこれらの曲はこのアルバムのコンセプトを考えるとなくてはならないものだと思う。それは、人間の感情の「醜さ」を悲惨なまでに描いているからだ。

二人だけの世界にずっといられたら、うまく付き合っていけたのか…という、絶対にうまくいきっこないはずの妄想とか、「恋人がほしい…」というよくわからない気持ちで、相手という人間を見ずに適当に付き合ってしまった恋愛とか、大切な人がいるにも関わらず他に心惹かれる人と出会ってしまった経験とか…。

そんなもの、無い方がいい、と言う人もいるかもしれない。

だけど、現実には、それらは起こりうることだ。

臭いものに蓋をして、きれいごとばかりを歌うよりも、この世界の醜い部分にもきちんと目を向けて音楽をつくるMr.Childrenに、僕は敬意を表したい。それこそが、ホンモノだと思う。そして、それだからこそ、これより後の幸せな曲たちが輝くのである。

 

ビタースイートな"UFO"の後に来るのが、名曲#11"Drawing"。曲中の歌詞にもある通り、ふわふわで幻想的で、白く霞んだ世界を思い起こさせる音づくり。

特に、間奏のところ。オルガン(?)の歌の入る少し前、星が落ちてくるみたいな音は、シンセサイザーか何かで出しているのだろうか。あれが、ものすごくいい。

絵に描いたとしても時と共に何かが色褪せてしまうでしょう

永遠はいつでも形のない儚い幻影

君と共に僕の元に

そしていつも僕のノートに

しっかし、せつねぇなぁ…。いや、この歌詞の通りなんだけれども。「ずっと一緒だよ」なんて簡単に言ってしまう歌手の多い中で、さらっと真実を歌えるアーティストは貴重だ。

表現ということに携わる人はすべて、「今、この瞬間」の自分自身、自分の感情を、世界に焼き付けようとしているように思う。僕が文章を書く理由も、それだ。

Mr.Childrenにとって「絵を描く」とは「音楽をする」こと。

確かに、最初にその曲を作った時の感情は、何度かそれを演奏するうちに、忘れてしまうかもしれない。それでも、演奏するうちに新しい気持ちが出てきたり、新しい解釈が生まれたりするものだ。

それが、「そしていつも僕のノート(note=音符)に」という部分に、言い換えれば、「永遠に同じ形はありえないけれども、いつも僕たちの奏でる音に」という部分に、現れているのかもしれない。

 

そして、#12"君が好き"。

Mr.Childrenのど直球ラブソングというと、これと'KIND OF LOVE'収録の"抱きしめたい"が思い浮かぶであろう。

だが、最初の方にちらっと書いたように、もはや彼らは'KIND OF LOVE'の頃のうら若き青年たちではない。経験を積んだオッサンである。

ストレートなタイトルとは裏腹に、"君が好き"はなんだかやるせない曲だ。そして、これまで見てきた「醜くも素晴らしい世界」が、いたるところに散りばめられている。

「君が好き/この響きに潜んでる温い惰性の匂いがしても」というところには"youthful days"の祈るような気持ちを、「君もまた僕と似たような/誰にも踏みこまれたくない/領域を隠し持っているんだろう」というところには"ファスナー"のような悟りを、「汚れていってしまう僕らにそっと/あぁ空しく何かを訴えている」というところには"Bird Cage"のような空虚な感情を、それぞれ感じてしまう。

"抱きしめたい"の頃は、ただ単純に、大切な人のことを守りたい、という気持ちで動いていたはずだ。しかし良くも悪くも、様々な経験を通して、愛とはそんなに単純なものではないと気付いてしまった。
そんな男のラブソングだ。

個人的におもしろいなと思ったのは、「歩道橋の上には見慣れてしまった濁った月が浮かんでいて」のところのコード進行。

I→Iaug→I6→I7と進行しているが(いわゆるクリシェ)、これは簡単に言えば、コードの最高音が少しずつ上昇しているということ。そこに、だんだん空を見上げていくような内容の歌詞がかぶさっている。

そしてIV→IVmという進行。ここでは浮かんでいるのは「濁った月」だが、最後のサビでは浮かんでいるのは「想い」であり、そしてコード進行がIVM→IV→IVmと、ぴたりと一致する。これらの部分を聴くと、おそらくonコードを用いてベース音を保っているからであろうが、不思議な浮遊感がある。まさに、「浮かんでいる」ような。

とにかく、題名から想像されるほど、単純な内容の曲ではないということを、わかっていただければ幸いである。

 

さて、長い間展開されてきた「醜くも美しい世界」の写実的な描写も、#13"いつでも微笑みを"で終わりだ。

この曲は、これまでの恋愛の曲とは少し違っている。冒頭にお葬式のシーンが出てくるように「死」がテーマである。

いつでも微笑みを

そんな歌が昔あったような

悲劇の真ん中じゃその歌は

意味をなくしてしまうかなぁ

いつでも微笑みを、と言っている割には、コードはマイナーばっかりだし、メロディもそれに従った、悲しいものになっている。

つまり、"one two three"で見せた、「悲しい歌詞なのに明るい曲」の逆バージョンだ。

 

Mr.Childrenの楽曲に、このように相矛盾する感情を表現する、「顔で笑って心で泣く」ような音楽が多いということは、彼らについて書かれた本でも指摘されていることである。

♪また何処かで会えるといいな、と歌うと、ほんとうにせつなくなる。

そこには、悲しいコードに喜びのメロディーが重なっているのだ。(中略)

コードは短調のコードなのに、メロディーは長調のメロディーを歌っている、という、同時に長調と短調の世界にいること、あるいは長調と短調の間にある曖昧な世界に、ちょうど股裂きのような状態でいることが、せつなさを表現しているのだ。

Mr.Children Everything〜天才・桜井和寿 終わりなき音の冒険〜/山下邦彦

引用した部分では主にコードとメロディのことを取り上げているが、歌詞とメロディ、あるいは歌詞とコードの関係も、同じように重要だ。

僕たちの感情は、いつもこうした矛盾の上に成り立っているものではないかと思う。

「今は、悲しいだけ!」「今は、嬉しいだけ!」そんな純度100%の感情など、ありはしない。

"渇いたkiss"のように「未練があるのに、本気でそれを訴えることができない」ということも、"UFO"のように「大切な人がいるのに、どうしても惹かれあってしまう」ということも、"Drawing"のように「今はとても幸せだけど、永遠なんてないことを思うと悲しい」ということも、十分にありえる。

果たしてMr.Childrenがそれを意図して音楽を作っているのかは知らないが、僕がなぜ彼らの音楽を愛しているかといえば、そういった矛盾した感情を音楽という形で表現してくれているからだと思う。

 

#14"優しい歌"は、ここまでの「自分すら俯瞰し、その心の動きを観察する」曲とは違い、自分自身に対する決意の歌だ。

優しい歌 忘れていた

誰かの為に小さな火をくべるような

愛する喜びに満ちあふれた歌

「愛する」のは、この自分自身なのだ、という主体性を、もう一度取り戻そうと歌う曲。

小粒ではあるが、アルバム全体をピリッと引き締めている。

 

そしてようやく辿りついた、#15"It's a wonderful world"。

ストリングスの優しい音から始まって、大作の映画を観終わった後のエンドロールのような、ホッとした雰囲気が流れる。

しかし、それはつかの間の安堵だ。

あれ、#3"Dear wonderful world"と同じ曲?と思っていると、#3にはなかった感動的なサビが、耳に突き刺さる。

忘れないで 君のことを僕は必要としていて

同じようにそれ以上に 思ってる人もいる

あなどらないで 僕らにはまだやれることがある

手遅れじゃない まだ間に合うさ

この世界は今日も美しい そうだ美しい

正直、この部分は涙なしでは聴けない。

散々このアルバムで歌われてきた人間の醜い部分を目の当たりにしてなお、こんなふうに人を信じているのは、すごい。

 

'IT'S A WONDERFUL WORLD'は、元々は「この醜くも美しい世界」というタイトルになる予定だったそうだが、鈴木英哉(JEN)の一言により、今のタイトルになったそうだ。

絶対、そっちの方がいい。

経験を通して知った複雑な感情を込めながらもなお「君が好き」と言うのと同じように、その単語からは想像もできない「醜い」部分がたくさん詰まっているけれども、それでもIT'S A WONDERFUL WORLDだ、この世界は素晴らしいのだと、僕は言い切りたい。

美しいストリングスの音が尾を引きつつ、'IT'S A WONDERFUL WORLD'は終わりを告げる。

人生経験を重ねるたびに、この世界の醜さと、それによって際立つ美しさを、より深く味わえるようになる、そんな珠玉の名作。

 

It’s a wonderful world

It’s a wonderful world

 


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