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Q - Mr.Children / メジャーど真ん中にいるバンドが繰り出した、渾身の実験作。

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ミスチル、と言えば、みなさんはどんな曲をイメージするだろうか。

1990年代に青春を過ごした人なら、"innocent world"や"Tomorrow Never Knows"と言った懐かしい名曲たちを、今20歳前後の人なら、"Sign"や"しるし"を、それぞれイメージする、ということになるのだろうか。

もちろん、ポップに奏でられるサウンド、ウェットに歌い上げるサビといった要素が、Mr.Childrenをポップスの一つの頂点にのし上がらせたのは間違いない。

しかし、そういった彼らの「持ち味」によって、彼らを色眼鏡で見てしまう、ということも、往々にして起こりうることのようだ。

甘ったるくまわりくどい歌詞をこれでもかと歌い上げる桜井和寿のボーカルがどうも…、という感想もよく聞く。

そんな人に、ぜひこの実験的名作'Q'を聴いてみてほしい。「ミスチル」という先入観をぶっ飛ばす作品であること請け合いだ。

気に入るかどうかは…正直、保証しないけれど。

個人的には、'深海'、'DISCOVERY'、'IT'S A WONDERFUL WORLD'などと並ぶ、彼らの最高傑作の一つと思っている。




#1 CENTER OF UNIVERSE

#2 その向こうへ行こう

#3 NOT FOUND

#4 スロースターター

#5 Surrender

#6 つよがり

#7 十二月のセントラルパークブルース

#8 友とコーヒーと嘘と胃袋

#9 ロードムービー

#10 Everything is made from a dream

#11 口笛

#12 Hallelujah

#13 安らげる場所


#1"CENTER OF UNIVERSE"は、このアルバムを語るなら、絶対に外せない名曲。

コードもテンポも、すべてメチャクチャ。当時のインタビューによると、ダーツやくじ引きで進行を決めたらしい。

聴いてみたらわかるけど、確かに序盤と中盤では全然テンポが違うし、コード進行は僕の知識では追うことができない、手に負えない曲となっている。

最初に聴いた時、台風がまき散らす暴風雨のような曲だな、と感じた。

そんな中、唯一雨や風の吹かない台風の目の部分、まさに台風の中心に立っているがごとく、どっしりと桜井和寿は歌い上げる。

僕こそが中心です ああ世界は素晴らしい

リズム隊は暴れまわり、ギターは調和もへったくれもない音をかき鳴らしている世界で、こんな安定した言葉を叫んでいる。ものすごいギャップだ。だがそれがいい


Mr.Childrenは、諸々の事情から、この'Q'の2作前の'BOLERO'をもって、1年半の活動休止をしている。

活動休止明けに出された'DISCOVERY'は、まだまだ桜井和寿の不安定な精神状態が見え隠れしていた作品だった。そう、'深海'から、未だ浮上できていないような。

それが、どうだ。砂浜でたたずむ潜水士のジャケットが象徴しているように、もう'深海'の暗い影は感じられない。それを改めて1曲目で表明してくれるのが、この"CENTER OF UNIVERSE"。

本作以降、Mr.Childrenは「今いる場所が幸せなんだ」というメッセージを強めていくことになるのだが、その萌芽は、この"CENTER OF UNIVERSE"にあったと言えるだろう。


「安らぎのパーキングエリアを捜してる」という部分は、聴き逃してはいけない。まず、「捜す」という漢字には、「失ったものを見つけ出す」という意味がある。よく使う方の「探す」は「手に入れたいものを見つけ出す」という意味。桜井和寿は間違いなく、意識してこの漢字を使っているはずだ。'深海'でなくしてきたものを、もう一度取り戻すという決意を表明するために。

そして、このアルバムの最後の曲は#13"安らげる場所"。「安らぎのパーキングエリア」は、この最後の曲のことを指していると思われる。

ひとまず最後までこのアルバムについて語った後で、この関連性に戻ってくるとしよう。


ひとしきり大嵐を吹かせた後、#2"その向こうへ行こう"、#4"スロースターター"は、重い音の響くロックナンバー。

#3"NOT FOUND"、#5"Surrender"はバラードだが、お世辞にも明るいとは言えない、危うい雰囲気を漂わせている。

#7"十二月のセントラルパークブルース"、#8"友とコーヒーと嘘と胃袋"は、ブルースっぽいセブンスコードが強烈な、アダルトな遊び心たっぷりの曲(#7は、歌い方がBob Dylanっぽくもある)。

この'Q'というアルバム、前半部分からは一切「明るさ」というものを感じられないのだ。かといって、嘆き悲しんでいるようなそぶりも見えない。感情のない、冷たい冬を思わせる。

このへんは、キャッチーな"箒星"や"fanfare"、ど直球なバラードが身上の"しるし"や"365日"などからミスチルを聴き始めた人は、かなり驚くと思う。なにせ、平和な曲がほとんど出てこない。強いて言えば、#6"つよがり"くらいだろうか。

(ちなみにこの名バラード"つよがり"は、the pillowsにカバーされている。the pillows山中さわお桜井和寿は曲を贈り合うほどの良きライバルであり友人である。贈り合った曲はthe pillows"cherry"、Mr.Children"Prism"である。これについて詳しくは、"Prism"を収録したMr.Childrenのアルバム'DISCOVERY'のレビューで触れることにしよう。)

"CENTER OF UNIVERSE"で発生した暴風雨はいつしか雪にかわり、冷たい冬の街を思わせるナンバーが並ぶ。6番街のベトナム料理店で胃袋にご飯をしこたま詰め込んで、つかの間暖かい場所で惰眠をむさぼってる、そんな感じがする。


降り積もった雪がとけだしたような、グロッケンの音が、まどろみの中に響く。

#9"ロードムービー"。

これは名曲中の名曲。情景描写の美しさがたまらない。

デジタル大辞泉によると、「ロードムービー」とは「主人公が旅を続けるなかで変貌し、自分を発見するという筋立ての映画」らしい。(http://kotobank.jp/word/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%BC

確かに、映画の一シーンのような、非常に映像的な曲である。しかし、別にこの曲の中で主人公が変貌したり自分を発見したりしてはいない。主人公は彼女を後ろに乗せて高速道路をバイクで走っている、いろんな問題もあるけれど、静かな幸せをかみしめている、そんな曲だ。

とすれば、「ロードムービー」というのは、このアルバム全体を、あるいはMr.Childrenのキャリア全体を眺めて初めて、理解できるタイトルではないだろうか。

この曲を聴くと、彼らの2つの作品が思い浮かぶ。エレキギターの効いたバラードであり、ドライブの曲ということで、初期のアルバム'KIND OF LOVE'収録の"Distance"。それから、大変に映像的な曲ということで、'Q'の次のアルバム'IT'S A WONDERFUL WORLD'。

"Distance"は切ない恋の終わりの曲。「なぜ別れなきゃならないの?」「恋愛ってなんなんだろう」そんな主人公の嘆きが聴こえてくるような曲だ。

一方、短編ドラマを立て続けに観ているような映像的な作品である'IT'S A WONDERFUL WORLD'にも恋愛の曲はたくさん収められているが、「好きあっていても別れることってあるよね」「恋愛ってそんなもんだ」という悟りの境地に至っているように思う。

(僕は個人的に、'IT'S A WONDERFUL WORLD'は'KIND OF LOVE'の登場人物たちがちょうど10歳年老いたと思って聴くとちょうどよいと思っている。ちなみにそれぞれのリリース年は、1992年と2002年。)

その2つの作品を過去から未来へ「ロードムービー」のように映し出している曲、と言えるのではないだろうか。


この曲がまさしく次から次へとフィルムを回すようにスムーズに情景を映し出しているように感じるのは、曲の展開が深く関わっていると思う。

この曲では、各パートでのキーが、イントロではC、AメロではG、サビではD、Aメロに戻ってG、間奏がC…となっている。つまり、曲が新しい展開に進む時(イントロからAメロへ、Aメロからサビへ行く時)は属調への転調、元の展開に戻る時(サビからAメロへ、Aメロから間奏【イントロと同じ】へ行く時)は下属調への転調が起こっている。

属調下属調というのは、まあ「元のキーと親戚のような関係にあって、転調しやすいキー」と思ってもらえたらいいと思う。)

用語は重要ではなくて、大事なのは「大がかりな転調の仕掛けをせずとも、自然に調が変わっている」という事実だ。

同じようなテンポで走るオートバイに乗っていると、いつの間にか街を抜けて山あいへ、さらには海沿いへ出ていた…そんな風景が目に浮かぶようである。


さて、そんな風景を堪能した後、"雨のち晴れ""光の射す方へ"などに連なる「サラリーマンミスチル」な#10"Everything is made from a dream"を経由して、いよいよアルバムは最終局面へ向かう。

#11"口笛"は、ギターで弾くととてつもなく気持ちの良い曲。あくまで僕の感覚なんだけど、この時期のMr.Childrenはこういったメジャーセブンスのコードをたくさん使った、微妙なニュアンスの曲を多く出している。"Heavenly Kiss"や"渇いたkiss"みたいな雰囲気、と言えば、伝わるだろうか。うーん、キスばっかりしてんな…。

こういったアンニュイな感じは、それこそ'KIND OF LOVE'の頃にはなかったものだ。Mr.Childrenも、Childrenから大人になったということだろうか。

(そういえば"くるみ"のPVでMr.ADULTSとかいう架空のバンドが出てきたのも、そういう裏の意味があるのかもしれない。ちなみに、"くるみ"が最初に発表されたのは2003年。)

#12"Hallelujah"は、ゴスペルソング。

Mr.Childrenのゴスペル曲というと、'深海'の"虜"。あれは、ラストの2つ前の曲だった。深海に咲く花を見出すその手前の、絶望的な恋愛を歌った曲。

この"Hallelujah"は、それとは対照的に希望に満ちている。

マイナスからプラスへ 座標軸を渡って

無限の希望を 愛を 夢を 奪いに行こう 捕らえに行こう

そして、天に昇っていくようなコーラス。

'虜'がさらなる深海に潜っていこうとする曲だとするならば、"Hallelujah"は、安らげる場所へと駆け上がっていくような曲だと思う。

良い曲だ、それ以外に言いようがない。


そうして辿りついた、#13"安らげる場所"。本作で唯一、ほぼピアノだけで構成されたバラード。

#1"CENTER OF UNIVERSE"で予言された「安らぎのパーキングエリア」が、ここにある。

ここで、もう一度「安らぎのパーキングエリアを捜してる」と歌う部分の"CENTER OF UNIVERSE"のコード進行を見てみよう(キーはFになっている。理由はすぐにわかる)。

II→IVadd9→Vadd9→(ここからサビ)→IM7→IVm7…

そして、"安らげる場所"のサビのキメの部分「君はただそれを見ていればいい 一番安らげる場所で」では。

IVm7→IM7→IIm7-5→IM7→IIm7→V7→I

驚いたことにこの部分、キーが同じFなのだ。

つまり、「安らぎのパーキングエリアを捜してる」と歌った直後に使われている2つのコードIM7とIVm7は、「安らげる場所」のキメの部分の冒頭に出てくるIVm7、IM7と、まったく同じものなのだ。(一応コードネームを書いておくと、IM7はFM7、IVm7はB♭m7。)

ひらたく言えば、「安らぎのパーキングエリアを捜してる」と歌った直後の音の世界が、「安らげる場所」にそのままつながっている、と言ってもいい。

これは偶然ではないだろう。

さらにダメ押しをすると、"CENTER OF UNIVERSE"のもともとのキーはFではなくDだ。さっき"ロードムービー"のコードの説明のところで属調やら下属調やらのことを「親戚のようなキー」と書いたが、それで言うとDとFは何の関係もない。赤の他人に近い。

Dのキーで始まる"CENTER OF UNIVERSE"。完全なる別人であるFの世界に転調することにそれほどこだわった理由は、"安らげる場所"が、そのFの世界にあったからではないだろうか。

"CENTER OF UNIVERSE"は、ダーツやくじ引きで曲の進行を決めた、という。しかし、決めるべきところは、最初からちゃんと決めていたのではないか。僕はそんなふうに考えている。

"安らげる場所"は、最後にIIm7→V7→Iという、よく耳になじんだ「ツーファイブ」という進行(IIとVの和音を使うことからこの名がある)から安定したIに進んで、アウトロが優しく流れて、終わる。単なるVではなく、最大限の「終わった感じ」を演出するセブンスコードを使っているのも、このアルバムがここで終わるということを明確に示している。


「大嵐吹き荒れる世界の中心から、安らげる場所への旅」は、いかがだっただろうか。

邦楽の、J-POPど真ん中にいるとされるバンドが、こんな実験的な、しかも素晴らしい音楽をつくったということに、僕は感激した。

Mr.Childrenを初めて聴く人にはあまりおススメできないが、彼らの感傷的なシングルにはもう飽き飽きしたぜって人が、聴いてくれたら嬉しいなと思う。


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