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コミュニケーションの3つの目的から考える、「コミュ力」の正体。

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僕が大学生とさし飲みをしていて時々聞くのは、「自分はコミュニケーション能力がなくて、なかなか他の人と仲良くやることができません」という話だ。

 

ただ、僕はそうした相手とまさにその時一緒に飲んでいるわけだが、別段その人がコミュニケーションが苦手だと感じたことはない。

 

そんな場合は、「相手が言っていることは『飲み会やイベントといった、特定の場におけるコミュニケーションが苦手だ』ということなのかな」と想像する。

 

確かに、サークルの飲み会やイベントというのは、基本的にはみんなで楽しい雰囲気をつくる場であって、さし飲みのように、1人の人について深く掘り下げていくような場ではない。

 

そういう場が楽しくてしかたがないという人もいれば、どうもなじめない、疲れてしまうという人もいるだろう。実際、僕もどちらかというと、疲れてしまうタイプだ。

 

昔は僕も、みんなでワイワイする場を楽しめない自分に対して、「俺はコミュニケーション能力がないなぁ…」などと思っていた。しかし最近は、それがどんな場であるかによって必要なコミュニケーション能力は変わるから、自分がどんなコミュニケーションを求めているのかを把握する方が大切だ、と思うようになった。

 

「自分にはコミュニケーション能力がない…」と悩んでいる人の多くは、「自分の好きな・得意なコミュニケーションがどんなものか、把握できていない」だけではないだろうか。

 

今日は、必要なコミュニケーション能力は場によって異なるということと、自分の好きな・得意なコミュニケーションの方法を発揮する方法について書こうと思う。

 

 

 

「コミュニケーション能力」ということがやかましく言われる時代だが、それがいったいどういう能力であるか、万人が納得できる定義というのは存在しない。

 

これは、「コミュニケーション能力とは何か?」ということを考える時に、それぞれの人の頭の中で、思い浮かべるコミュニケーションのシーンが異なるためだ。

 

例えば、コミュニケーション能力が重要視される就職活動について考えてみても、面接で要求されるコミュニケーション能力と、グループディスカッション(与えられたテーマについて学生どうしで議論を行う、就職活動の選考方法の一つ)で要求されるそれは、やや異なる。

 

それは、それぞれの場において、コミュニケーションの目的が異なるためだ。例えば、面接では受験者と企業がお互いを理解するためにコミュニケーションを行うし、グループディスカッションでは、議論を通して一つの結論を出すためにコミュニケーションを行う。

 

ただ、それぞれの場においてコミュニケーションの目的は一つとは限らない。グループディスカッションの場合、学生は「グループで結論を出すこと」と同時に、「初対面の相手の人柄を理解し、また相手に自分の人柄を理解してもらうこと」も目的となるだろう。すなわちこの場合は、面接と同じく、互いのことを理解することもコミュニケーションの目的となる。

 

 

 

僕は、コミュニケーションには3つの目的が存在し、世の中のコミュニケーションと呼ばれるものはすべて、このうちの1つあるいは複数の目的を果たすために行われていると考える。

 

その3つの目的とは、以下の通りである。

 

・結論を出す…コミュニケーションを通じて、複数人の間で一定の結論に達することが目的。一般的な会議や、公的な意思決定に用いられるディベート、先に挙げたグループディスカッション(GD)など。

 

・互いを知る…コミュニケーションを通じて、相手がどんな人間であるかを理解し、自分がどんな人間であるかを理解してもらうことが目的。先に挙げた面接やさし飲み、お見合いなど。

 

・場をつくる…コミュニケーションを通じて、みんなが楽しめる一つの場をつくっていくことが目的。一般的な飲み会や合コンなどが含まれる。

 

それぞれ、結論を出すのは「アイデアが目的」、互いを知るのは「人が目的」、場をつくるのは「場が目的」と、言い換えることもできるだろう。

 

図にするとさらにわかりやすい。

 

 

 

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図中には、例としていくつかコミュニケーションが行われる場が書きこまれている。

 

例えばグループディスカッション(GD)においては、結論を出すことだけでなく、初対面の学生どうしがそれぞれの人間性や強み弱みを理解する(互いを知る)ことや、摩擦のないように円滑に議論をすすめる(場をつくる)ことも、コミュニケーションの目的となろう。ゆえに、3つの目的がかぶさる位置に置いた。

 

会議においては、みんなで忌憚のない意見を述べ合い結論に達するよりも、その場において権力を握っている人物の顔色をうかがい、波乱のない、予定調和的な場をつくることも目的となるかもしれない。会議の位置が「場をつくる」に近いのは、そのためだ。

 

重要なのは、「双方向的であること」だ。コミュニケーションというのは、少なくとも1人以上の相手がいないと成り立たない。

  

演説やプレゼンなどは一見双方向のやり取りではなく片道通行に見えるけれども、そのスピーチや展開で「人々が興奮するような場をつくる」「自分のことを理解してもらう」といった目的が必ずあるはずだ。聴き手のことを極限まで考えて行うこれらの行為は、コミュニケーションと呼んで差し支えない。

 

逆に、2人で話していても、自分のことばかり延々と話して、こちらにはちらとも目をくれない、という人がいるだろう。それなら1人で、壁に向かって話せばいいのに…と、うんざりしてしまう。これは、コミュニケーションとは呼べないのだ。

 

 

 

「コミュニケーションが好き!」と一口に言っても、上の3つのどれを目的としたコミュニケーションが好きなのかで、その人が意図している「コミュニケーション」はまるで違ってくる。

 

また、それぞれに要求される能力も違ってくる。

 

お気づきのように、僕は左下の部分、「互いを知る」コミュニケーションが断トツで好きだし、また自分でも得意だと考えている。「結論を出す」「場をつくる」に関しては、その目的を遂行するための能力にそこまでの自信はない。

 

この3つの要素すべてをクリアできるようなスーパーマンになることができれば、世の中における対人コミュニケーションの必要な場面のほぼすべてを、乗り切ることができるだろう。現に、この3つすべてが好きだし得意だという「コミュニケーションお化け」の友人が、僕にも数人いる。彼らのことは、本当に尊敬する。

 

しかし「コミュニケーションお化け」になるのは、多くの人にとっては、ちとキツいことだと思う。あまりにも自分の苦手な場で無理をし続けると、その場において要求されるコミュニケーション能力を手に入れる前に、病気になってしまうかもしれない。

 

それではどうすればよいのだろうか。

 

 

 

「自分が得意としていない場で、自分の得意とするコミュニケーション能力を発揮する方法」として現実的なのは、「自分の得意なエリアに、コミュニケーションを引き寄せる」という方法である。

 

例えば、僕は「互いを知る」コミュニケーションが好きなので、飲み会でもなんでも、そこそこ「場をつくる」ことに協力した後は、なるたけ少人数で話すようにしている。なぜなら、それこそが僕がやりたいことだからだ。

 

図にすると、こんな感じだろうか。

 

 

 

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つまり、自分の周りだけでいいから、その場を「自分好みのコミュニケーションができる場」に変えてしまうのである。

 

僕は他にも、グループディスカッションの時にはなるたけ参加者全員の人柄を理解し、それぞれの強みを把握して役割を振るということをしていた。大学で何を学んでいるのか、どんな組織やサークルに所属してきたのか、性別は、趣味は、思考の癖は…などを最初の自己紹介の時などに把握しておき、いざ議論が始まった時にその人が強そうな話題を振るのである。

 

例えば、リーダーシップに関するお題であれば、大学で体育会系の部長を務めている人に組織を運営するにあたって気を付けることを聞き、ウェブサービスを開発せよというお題が出たらこれまでウェブで何かつくったことのある人に意見を求める…といった具合である。あるいは、アイデアをどんどん出す人には論理的に考えることを強いずに自由に発言させ、逆に論理的であることを重視する人には論理の流れを確認してもらう、といったこともある。

 

これが、僕が好きでありかつ得意な「互いを知る」というコミュニケーション能力を、自分がそこまで得意ではない場においても発揮する方法である。

 

 

 

コミュニケーションと一口に言っても、そこには3つの異なる(しかも並立可能な)目的が存在し、それぞれにおいて必要な能力も異なる。

 

自分の好きでかつ得意なコミュニケーションは3つのうちのどれにあたるのかを把握し、さらにそのやり方を、本来得意としないコミュニケーションが行われる場においても応用していく。

 

それだけで、「コミュニケーション能力」と呼ばれるナニモノカは、ある程度身につけることができるように思う。

 

 

 

なお、この記事ではそれぞれのコミュニケーション能力の「中身」までは書かなかったが、以下の記事で僕の得意な「互いを知る」コミュニケーションにおいて必要とされることについて書いているので、よろしければ読んでみてください。

 

人と深い話をするための、「コミュニケーションの4つのC」