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FUTURAMA - SUPERCAR / 退屈な日常にも名曲は流れてるよって、教えてくれる名盤。

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西暦2000年。この世界とは違うどこかの並行世界のお話。

1961年に始まったアポロ計画は順調に進行し、とうとう37号が宇宙に向かって旅立った。

星の落ちてくるような夜、SHIBUYAの街は風に乗るサーフボードが行き交う。

しかし、それが特別な光景というわけではなく、今日も退屈な日常が、続いてゆく。

そんな近未来を、電子音と轟音のギターサウンドで余すところなく切り取った、SUPERCARのマスターピースの一つに数えられる3rdアルバム。名作ぞろいのSUPERCARの作品の中でも、絶対に聴いておくべきものだと思う。

FUTURAMAとは、FUTURE(未来)とPANORAMA(全景)を組み合わせた造語。


#1 Changes

#2 PLAYSTAR VISTA

#3 Baby Once More

#4 White Surf style 5.

#5 Star Fall

#6 Flava

#7 SHIBUYA Morning

#8 Easy Way Out

#9 Everybody On News

#10 Karma

#11 FAIRWAY

#12 ReSTARTER

#13 A.O.S.A.

#14 New Young City

#15 Blue Subrhyme

#16 I'm Nothing


#1"Changes"は、オープニングの曲であり、これまでのSUPERCARの作品と比べた時の本作の立ち位置を、インストゥルメンタルという制限の中で見事に表現している。

つまり、ディスト―ションの効いたギターが鳴った後、徐々にエレクトロニカの淡々としたサウンドが曲に侵食してくる。その、ギターサウンドとエレクトロニカの融合が、本作のテーマなのだ。侵食は完了せず、むしろ共存状態に入ったまま、#2"PLAYSTAR VISTA"へとつながる。


#2が、このアルバムのノイズとピコピコサウンドの醸し出す近未来的な雰囲気の象徴ともいえる曲である。

宇宙ステーションと交信しているかのようなボタンを押す音があり、直後、ギターのジャーンというキモチイイストローク

この曲では、コードはほんの少ししか使われていない。I→IM7→IVadd9の繰り返し。IとIM7というのは基本的に同じIというダシを使っているコードなので、実質、IとIVの2種類だけ。

その2つのコードが入れ替わるさまは、まさに地球と宇宙ステーションの交信のよう。

実は、I→IM7というのは、SUPERCARのデビューシングル、"cream soda"の冒頭でも使われているコード進行だ。ちなみに、その時はその後IIIの和音に行って、その後、この"PLAYSTAR VISTA"と同じくIVに行く。

このIIIというのが意味不明だ。普通そこにあるのは、明るい長調のIIIではなく、悲しい短調のIIImのはずだからだ。"cream soda"のイントロを聴いてみれば、僕の書いていることはわかると思う。なんとなく、「ん?」と引っかかる違和感がある(ついでに書くと、"DRIVE"にも同じくI→III(9)という進行が使われている。中村弘二はこの進行が好きなのかな?)。

とりあえず、"PLAYSTAR VISTA"ではこのIIIは無く、そのままIVに行く。それは、"cream soda"や"DRIVE"というSUPERCARの初期の代表曲の進行を裏切る。したがって、変な気分にも、IIImが来た時に素直に感じる切ない気持にもならないまま、僕らはあくまで2つの音の世界で揺れ動く。

以上のようなシンプルな進行なのにも関わらず、目の前に広がるのは、星新一のショート・ショートに出てきそうな、豊饒な宇宙空間。

本当に、これほどの世界を眼前に描いてくれる音楽が、どれほどあるだろう。


その後、#4"White Surf style 5."で激しいバンドサウンドを見せるも、総じて#3〜#7まで、ゆったりとした、カワイイ音の連なりが続く。

良い意味で、全然印象に残らない。

誰が演奏しているのかわからない、というか。メッセージが見当たらないので、バンドというより耳によくなじむ環境音楽という気がする。それほど、演奏者たちは匿名の海に潜っている。

実はこのアルバムで、まともに歌詞が書かれている(と僕が勝手に思っている)曲は4つだけ。#8"Easy Way Out"、#10"Karma"、#11"FAIRWAY"、#16"I'm Nothing"。後は、やる気のない言葉が数行並べられただけか、完全な語呂合わせか。まあテキトーに並べるにしても、語呂合わせにしても、その言葉の選び方がまた素晴らしいんだけど…。

さて、匿名の海から顔をのぞかせる1つ目の曲が、#8"Easy Way Out"。

のっけから、かなり歪んだギターの音が懐かしい。"White Surf style 5."でも轟音ギターは響いてはいたけれど、この"Easy Way Out"からは、初期のシューゲイザーっぽいサウンドをもう一度蘇らせたような熱さを感じる。

なくなっていいさ、全部

なくなっていい―

たぶん、なくなってわかったほうが、その方がいい、まだ

なるようになるさ、どうせ

なるように―

たぶん、なるようになっていつか若かったせいで片づけるさ

SUPERCARの音楽からは、いつも青春の空気を感じる。それは、暑苦しいスポ魂的青春ではなく、退屈な日常の繰り返しへの諦めのような、青春。野球マンガにたとえるなら、「巨人の星」ではなく、「タッチ」みたいな、と言えばいいか。

それでも、こういう退屈なのも、悪くないよね。僕らはこの人生を生きていかなくちゃいけないから。

そんな諦観にも似た決意が、熱さとなって感じられるのかもしれない。この曲からは。

その決意へのアンサーソングが、後に出てくる名曲"FAIRWAY"なのだ。


さて、#9"Everybody On News"からアルバムは再びかわいくて何のメッセージも感じられない匿名の音に埋めつくされ、#10"Karma"も、少し感情の起伏は感じられるけれども、淡々と流れていく。

"Karma"は題名こそRadioheadの"Karma Police"を髣髴とさせるが(そしてこのアルバム"FUTURAMA"はRadioheadをはじめとする海外ポストロック勢への回答とする向きもあるが)、何をKarma、つまり「罪」と捉えているかがまったく異なる。

Radiohead"Karma Police"で罪として描写されているのは以下のようなことだ。「わけのわからない言葉で話す(talks in maths)こと」「ヒットラーみたいな髪型をすること」。

実は、この"Karma Police"というのは、George Orwellディストピア小説"1984"に登場する"Thought Police"という存在から取られたのではないか、と、海外の歌詞解釈サイトなどで推測されている(このサイトとか)。 Thought Policeというのは、簡単に言えば、頭の中で何かよからぬことを考えただけでそれを探知し、処刑してしまう恐ろしい存在である。

"Karma Police"では、「Karma Police、この男をひっとらえてくれよ(Karma police, arrest this man)」と主人公が呼びかけている。もしかすると、Karma Policeというのも脳内を探知できる存在であり、この主人公の呼びかけに反応して誰かを処刑したりするのかもしれない。

一方、SUPERCAR"Karma"では、何が罪なのかはっきりとはわからない。

うれしさにいい加減でいて

かなしさにいい加減でいて

さみしさにいい加減でいて

俺はこう言い続けるんだ

「何をどうも出来なくたって胸に愛とあつい思いを」

君にそう言い続けるんだ

俺はそう、いい加減なんだ

テキトーに書いた歌詞なんだからマジメに分析するのはヤボだよ、なんてツッコミは無視して、無理やり"Karma"における罪をでっちあげると、「いい加減ではなく、本気になってしまうこと」だろうか。

今、世界で起こっているできごとに、いい加減でいることが大切だ。

日本の選手がオリンピックで金メダルを取ってうれしくなるかもしれない。どこかでテロが起こってかなしくなるかもしれない。自分の育った街の風景が変わって、さみしくなるかもしれない。そういうことに、あんまり本気になるなよ。それらは自分にはどうにもできないことだ。

それよりも、目の前の生活を愛し続けろよ。

そう、言っているように思う。

なぜなら、先ほど#8"Easy Way Out"でも書いたように、「退屈な日常を続けることへの決意」が、このアルバムのテーマでもあると僕は思うからだ。

自分の手の届かない部分への無気力は、罪だろうか?

"Karma Police"は、"Karma"に出てくる「俺」のような人間を、逮捕するだろうか?

みんなが、「善」とされる方向に強制的に動かされてゆく社会は、健全だろうか?

Anthony Burgessの"A Clockwork Orange"(邦題:時計じかけのオレンジ)でも扱われるこのテーマを、この2つの曲は投げかけているのかもしれない。


さて、そんな淡々とした"Karma"だが、終盤近くになり、心臓の鼓動にも似たリズムを刻み始める。

アルバム随一の名曲#11"FAIRWAY"が始まる。

ここまでの匿名的な、水のように透き通った音たちは、すべてこの曲のためにあったのだ。

かき鳴らされるギターも、ナカコーとフルカワミキのかけ合いも、静かな熱を持って演奏されるリズム隊も、そして最高にかっこいい歌詞も…。

SUPERCARというバンドの歴史を、デビューから解散まで凝縮したような、素晴らしい曲。

結局は今を忘れるなら

目の前のなれあいもためらいもありふれてると思っていたいだけ

最後には忘れ去られる日常、ありふれたなれあいやためらいとは、ここまでの音たちのこと。

匿名の海に潜んだあのかわいらしい無個性な音たちは、僕らの日常。

そして。

名曲は今も流れてるよ

目の前と向き合うとそれさえも色褪せていくと思ったら、負け

名曲とは、この"FAIRWAY"のこと。

"Easy Way Out"で提示された、退屈な日常を送ることへの決意に対し、こんな名曲が、今も生活のどこかに流れてるんだぜって教えてくれる。

いや、本当に、最高の曲だ。

これだけでも、このアルバムを聴く価値があるよ。


そしてみたび、近未来サウンドの渦巻く匿名の海へ。

今度はもう、彼らは浮上しない。

でも、捨て曲なんて一つもない。

流れるように、アルバムは最後の#16"I'm Nothing"まで続いて…。その曲名が象徴するように、彼らはもう誰でもなくって…。退屈な日常と同化してしまう。

永遠の遊泳はストップ

イメージ変わるまでを無でいた

ため息枯れるまでを無でいた

なんだか、村上春樹の「アフターダーク」みたいな終わり方だなぁ、と思う。

あれも、「誰の視点でもない描写」ということを強く感じさせる作品だった。

そして、先ほどの繰り返しになるが、このアルバムも#8"Easy Way Out"、#10"Karma"、#11"FAIRWAY"、#16"I'm Nothing"以外は、単なる「退屈な日常の、視点のない描写」に費やされている。

これだけの曲を詰め込んで、聴き終えた後のこの空気のような透明感は、なんだろう。


退屈な日常に、このままでいいのかって焦っている人たちは、このアルバムをぜひ聴いてほしい。

名曲は今も流れてるって、心から思えるから。


Futurama

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