留学や海外インターンに半年以上行くべき理由

「海外留学を考えてるんだけど、いったいどれくらいの期間行けばいいんだろう?」

「海外に3カ月滞在するのと1年滞在するのとでは、どんな違いがあるんだろう?」

これらは、海外で留学なりワーホリなりインターンなりをすると決めた後に浮上してくる難問である。

この問いは、突き詰めると「海外に行って何を学びたいのか」という問いに行き着く。何を学びたいのか(目的)をはっきりさせた後で、ではその学びたいことをどのくらいの量学べばいいのか(目標)、そのためにはどうすればよいのか(手段)、とブレイクダウンしてきたところに、「海外滞在はどのくらい必要なのだろうか」という問いが来る。

したがって、まずは「海外に行って何を学びたいのか」ということをはっきりさせなければならない…。

 

とまあ、普通ならこうなるんだろう。

だけど僕はこんなふうには考えない。

だいたい、目的→目標→手段というのは、こんなにきれいに矢印が上から下に向くものではないのだ。

目的が見つからなければ目標も手段も設定できないのか?それは違う。

何か具体的な行動をしているうちにその目標を設定することだってあるし、目標を達成しようと日々努力しているうちに目的が見えてくることもある。

たとえば、僕の高校時代を思い出してみよう。

僕は野球部に所属していたのだが、夏休みの頃、毎日素振りを1000本やらなければいけないという決まりがあった。

別に帰宅してからノルマを達成してもいいのだが、なんとなく部員の間では、部活が終わった後学校でバットを振るのが日課になっていた。校舎のいたるところで坊主どもが「302、303、…」と数えながら夢中になってバットを振る姿は、当時の同級生たちにはやや異様な光景に映ったかも知れない…。

まあとにかく、そんなふうにして毎日素振りを繰り返していると、自然と試合でもヒットが打てるようになる。こうなると、「打率3割」とか「連続試合安打」などの目標ができる。

そうして目標を達成するためさらに素振りに励むと、いつの間にかチーム内でのポジションは「チャンスメーカー」「安打製造機」となる。ここまで来ると、野球部における自分の目的は「誰よりも多くヒットを放ち、得点に貢献すること」となる。

これは普通言われているのとは逆に、手段(行動)から目的を見出すということになる。

(えーっとなんかかっこいい例を書いてますが、チーム内の自分のポジションはチャンスメーカーとかいうものではなく、ただの代打男でした。思い出補正かけてごめんなさい。)

昔を思い出して長くなってしまったが、要は「目的を考えてから何かをしようとすると、何にもできないまま終わってしまうことがある」と言いたかったのだ。

むしろ、ブレイクダウン式に目的から手段まで降りていくよりも、何かやっているうちに何がやりたいのか見えてくる、そっちの方が多いんじゃないかなっていう気さえする。

なぜかと言うと、人は経験していないことに対して何が起こるのか予測することができないからである。

就職活動などでも、この部分に矛盾があるから、就活生は悩むことになるんじゃないだろうか。何せ、今までに経験したことのない仕事を任せてもらうために就活をするのに、その仕事を通して何を実現したいかを質問されるのだから。

 

前置きが長くなったけれども、この記事では「目的からブレイクダウンして海外滞在期間を考える」というつまらない正論は書かず、「これくらいの期間滞在するとこういうことがあるよ」っていう、手段そのものから滞在期間を考えるというアプローチをしてみる。

さて、海外に滞在して学べることは、以下の二つに分けられる。

一つは、取り組む前からある程度の目標を設定できるもの。英語力なんかがその典型だ。留学であれば、自分が留学先で勉強する科目もこれにあたる。これらは、時間に比例して成果が出るもの、と言い換えられるかもしれない。成果が時間に比例するからこそ、取り組む前から目標設定ができるのだ。

(本当は、英語の能力の上がり方は、時間に比例した直線ではなく二次関数のようなものになるという話がある。ここでは単純化のために比例という言葉を使っていることをご了承いただきたい。なお、英語に限らず記憶力をメインに使う勉強の成果の出かたについては、以下の本がおススメだ。)

海馬―脳は疲れない (新潮文庫)

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もう一つは、取り組んで初めて目標を設定できるもの。海外インターンで言えば、実際に働き始めるまでは業務内容を肌で感じることができないから、それに即した目標を設定することもできない。もちろん、企業のサービスの概要や自分が任される業務内容についての情報を得ることはあるだろうけど、それらは人工的な薄っぺらい情報にすぎない。そのインターンの中で自分がどう考え、どう行動すればよいかについては事前にはわからない。

人間の想像力は偉大だけれど、経験していないことについてはまるきり無力なのだ。

僕はインドに来る前、インド人が時間にルーズだということを聞いていたから、インターンを通して自分が日本人向けのサービスというもののお手本を示してやろうなどと考えていた。しかしこちらに来てから、事態はそう生易しいものではないことを知った。

一つの企業に所属しているインド人たちだけが問題なのではなく、このインドという国全体に広がっている「今日がダメなら明日が、明日がダメならあさってがある」という日本人には理解しがたい雰囲気が問題であって、それは僕一人ではどうやっても太刀打ちできない代物なのだ。

たとえば僕がレンタカーサービスを頼んだとする。希望した車種がレンタカー会社の車庫になかったため、僕は代替用の車を使うかたわら、レンタカー会社に希望の車種を新しく注文してもらい、何月何日まで代替車を使うと決める。さて、約束の日になってもレンタカー会社は僕の希望した車を手に入れられない。レンタカー会社がディーラーに問い合わせたところ、工場での出荷が遅れているという。工場の技術者もディーラーも納期など気にしていないようだ。レンタカー会社は約束の日の当日になって初めて、車の提供が遅れる旨を僕に告げる。僕は誰に怒ればいいのか。レンタカー会社か?ディーラーか?技術者か?

こういうことが頻繁に起こるので、僕は自分の力でインドという国を変えることは諦め、その代わりに起こりうる悪いケースを事前にできる限り調べ、顧客に伝えるという方法を採ることにした。あらかじめ何が起こるのかわかっているだけでも、人間の気持ちは大きく変わる。もちろんその一方で、サービスを提供する側のインド人たちには猛プッシュをかける。

この方法を通じて、日本人顧客とのコンタクト役として、顧客に記入してもらうアンケートである一定以上の評価をもらうということが、当面の僕の目標である。

このような目標は、インドに来る前には絶対に設定することができない。インターンする企業に顧客の声を聴くアンケートがあるのかということもそうだが、業務内容とそれに密接に関連したインドの風土がいったいどんなものなのか事前にはわからないからだ。

 

と、このように海外に長期滞在して学べることには「取り組む前からある程度目標が設定できるもの」と「取り組んで初めて目標が設定できるもの」がある。

そして、滞在期間を考える時により考慮すべきなのは、「取り組んで初めて目標が設定できるもの」である。

まず、英語力を始めとする「取り組む前からある程度目標が設定できるもの」は、時間に比例して成果が出るものでもあるから、ある意味誰でも手に入れられるものだと言える。

「なんで1年も海外に行ってたの?」と友達に質問して「語学力をつけるため」という答えが返ってきたら、なんだかがっかりしないだろうか?それは、「もっと深い(=個人的な、価値観に根ざした)理由が聴けると思ったのに」という失望のせいだ。

(もしも半年以上英語圏に行っても英語に自信が持てないのなら、それははっきり言って自分のせいである。よほど日本人とばかりつるんでいない限り、そして単語学習などの基礎的な勉強を怠らない限り、半年以上英語圏にいれば英語は話せるようになる。)

対して「取り組んで初めて目標が設定できるもの」は、自分だけのユニークな体験になりやすい。まとまった滞在期間の中で、自分なりに考えて設定した目標をどうやって達成していくのかを考えることは、他の誰にも真似できない。

ただ、この記事で何度も書いているように、その目標を事前に立てることはできない。

だから僕が提案したいのは、「取り組んで初めて目標が設定できるもの」のカテゴリーに入るような何かを達成するため、言い換えれば、挑戦して初めて自分の能力の限界と周囲の環境が体感でき、その中で自分なりに目標設定をして、さらにその目標を達成するためにはどうすればいいのかを考えるために、「十分な時間」を取るということだ。

それにはどれくらいの時間が必要だろうか。まずは現地に慣れ、生活のリズムを組み立てるのに数カ月、自分の置かれている状況を理解し、課題を見つけ目標を設定するまでに数カ月、ここまでで半年くらいは必要だろう。さらに実際に目標を達成していくのに時間がかかるとして、できれば1年ほどの時間を取るのが望ましいように思える。

 

これは少し勇気がいることかもしれない。なぜなら、予測できない未来の時間を、未来の自分を信じて預けるということだからだ。

でも、実は僕たちはこれまで何度もそういった状況に立ちあい、切り抜けてきた。高校や大学を思い出してみよう。3年間、あるいは4年間という時間の中で何が起こるかを理解して飛び込んでいった人なんていない。大学入学前、リアリティのない甘美な夢のような「大学生活」を妄想していたけれども、現実の大学生活はもっと容赦なく厳しいものであるということが次第にわかってきて、その中で一つ一つ課題を見つけ乗り越えてきた。僕を含めてそういう人は多いだろう。

たった半年や1年間だ。今度は意識的に、自分を信じて自分の時間を任せてみたらどうだろうか。

 

ここで、散々に言ってきた「英語力」についての本を一冊だけ紹介する。というのも、英語の出来と学べるものの質はかなり深い相関関係にあるからだ。英語がまったくできなければ、いくら海外インターンに挑戦しても、業務内容の深い部分まで理解することは難しいだろう。

CD付 英語勉強力―成功する超効率学習 (CD book)

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青谷先生は京都大学のある意味名物的な先生で(こんなことを書いたら「破門」にされそうだが・・・)、僕も1年の時に講義を受けたことがある。英語の力を上げるためというより、英語に対する心構えを教えてくれる本だ。興味のある人は、京都大学一般教養科目「英語勉強力」をモグリで受けてみるといいだろう。正直、受けるだけでは英語力は上がらないけれど、「やらなきゃいけないんだな」という意識は確実に身に付く。

 

きっかけは、「やってみたい」だけでかまわない。

海外に限らず、何かを始めるのに大そうな理由なんていらない。

「自分が生涯かけて成し遂げたいことをまず考え、そこから徐々に小さな目標に分け、最終的に日々の行動を決める」…そういう生き方もあるだろうけど、僕にはとても真似できないし、たぶん多くの人が真似できないだろう。

そんな大多数の人、海外に行ってみたいけど、大義名分のようなものが必要なのかなぁと二の足を踏んでいる人たちの背中を押せるような記事を書きたかった。そして、そういう人たちが滞在期間を考える参考になるようなことを書きたかった。

海外に行きたいなら、行けばいいのだ。直感はきっと正しい。

そこで見たこと、考えたことを、いつか僕にも教えてくれたら嬉しい。


※海外インターンを終え、休学期間が終了して思ったことを書いた記事はこちら。

インドア派が海外に行って思ったこと

休学が僕にもたらしたもの